Category Archives: 「ライフ・コーチング」

ライフコーチングに関するカテゴリ

7月 10

《 サイバー・ホメオスタシス・コーチング Part1》

《 えっ? 「認知科学」ってオワコンなの? Part4》の続きです。 でも、タイトルが変わっちゃいました。(^^; 続きではあるものの、内容ががらりと変わってしまうからです。 当初は、あまりこんな事になるってのは予想していませんでした。 今回からの話題は、 「サイバー・ホメオスタシス・コーチング」とはなにか? につきます。 ということで、つづきは こちらから… どうぞ…

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7月 08

《 えっ? 「認知科学」ってオワコンなの? Part4 》

シリーズ第四回となる、今回は、 心理学や、認知科学にでてくる「ファンクショナリズム」という考えについて触れいています。 それを発端に、苫米地博士の「超情報場」にも触れていきます。 そして、それがコーチングとどう関係あるのか? 今回は、そんな内容となっております。 続きは、こちらから… どうぞ…

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6月 26

《 えっ? 「認知科学」ってオワコンなの? Part3 》

あれだけ見た目の違う犬の仲間たち… どうやって、人間は「犬」だと判断しているのでしょうか? コンピューターのプログラムでそれを判断させるには、 ひとつひとつ条件を論理式として書き出していかなければなりません。 その先に待っているのは、「無限の条件」です。 「認知科学」の限界のひとつがここにあります。 そこで登場するのが、認知科学者苫米地博士の 「超情報場仮説」 です。 「認知科学」の次のパラダイムである「超情報場仮説」とは? 続きは、 こちらから… どうぞ…

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6月 24

《 ここまで根深い 「スイマセン」文化 》

「ありがとう!」という感謝を表明する場面で、 「すいません」 と言ってしまっていませんか? 日本的な奥ゆかしさがあるとも取れますが、 コーチングという観点からも、ぜひ「ありがとう」を 多用していただきたいと思っています。 今回は、そんなお話です。 続きは、 こちらから… どうぞ…

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6月 19

《 えっ? 「認知科学」ってオワコンなの? Part2 》

シリーズのPart2です。 Part1はこちらからどうぞ… えっと、「パラダイム・シフト」の話からでしたね。 トマス・クーンの著書「科学革命の構造」からの引用を使って、 まずは、「パラダイム」ってなに? って所から始めたいと思います。 「認知科学」に至るパラダイムシフト… そして、「認知科学」からのパラダイムシフト… パラダイムがどんなものかわからないと、 少々話がずれてしまうかもしれませんよね。 という事で続きは こちらから… どうぞ…

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6月 11

《 えっ? 「認知科学」ってオワコンなの? Part1 》

コーチングの師である、苫米地博士は、 「認知科学の時代は終わり」 と、最近の著書や、トークの中で発言してるんです。 このブログをお読みの方ならもしかして、 「えっ?それっていいの?」 「大丈夫なの?」 と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか? それはそうですよね。 だって、苫米地式認定コーチのわたくしだって、 コーチングの特徴を説明するときには、 「認知科学の知見をふんだんに盛り込み……」 って使いますからね。 「認知科学が終わった」とはどういう事なんでしょうか? という事で、づづきは こちらから… どうぞ…

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5月 28

《「 ゴール設定」詳説セミナー@福島県郡山市 無事終了しました。》

2014年5月25日(日)、福島県郡山市での 『ゴール設定だけ徹底的にやるセミナー』 無事終了しました。 今回は「ゴール設定」だけに的を絞ったので、 「なぜゴールを設定するのか?」 「どんなゴールを設定するのか?」 について、 マインドの使い方という観点ではだいぶおなじみになってきた 「ゴールを先に…」や 「現状を超えたゴール…」 等の概念を基本としていただいたうえで、 更にその上のレベルの概念や知識を使って、 何らかの「ひらめき」を得てもらおうという内容にしました。 という事で、続きは こちらから どうぞ…

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2月 07

《 初めに 質問があった ~in principio erat quaestio~ 》

初めに 質問があった 質問は ゴールとともにあった ゴールは 質問であった お分かりと思いますが、前回の記事で紹介した、 「ヨハネの福音書」の冒頭部分のパクリです。 コーチングと言うカテゴリから見ると、 質問の重要性と言うのが見えてきます。 翻っていえば、コーチングに出会わなければ、 質問のパワーに気が付かなかったかもしれない と言う事でもあります。 質問の重要さについての続きは、こちらから… どうぞ…  

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1月 31

《 宇宙は自分の内側にしか存在しない 》

初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。 「ヨハネの福音書」の冒頭部分です。 日本語訳は「Wikisoruce」からです。 参考までに、ラテン語も載せておきます。 in principio erat Verbum et Verbum erat apud Deum et Deus erat Verbum おもしろいのは、最後の部分で、 ラテン語では、「神は言であった」になってるんですね。 神は言葉だったんですよ! と言う事で、いきなり聖書の話… (笑) これがコーチングとどう関係するのか? 続きは こちらから… どうぞ…

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7月 30

《 納豆のネバネバの中に縁起がある 》

 いきなりですが、「自分」を定義してみてください。 「自分」を他の人が特定できる様に説明するってことです。 自分… 自分ってなんだ? どうやって説明する?? 自己紹介か? (笑) って、感じですよね。 宇宙の一点という視点からだと、「住所」という便利なものがあります。 また、父親はだれで、母親はだれでというアプローチもありますね。 ここではたと気が付くのは、 すべては外部の情報で構成されているって事なんです。 つまり、自分を定義しようとすると、他との関係性の 中にしか自分を見いだせない事に気が付くわけです。 それと、納豆の関係とは? 続きは こちらから… どうぞ…

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